大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成8年(ワ)216号 判決

第一事件原告

株式会社飛翔

代表者代表取締役

川上美代子

第二事件原告

有限会社関西開発工業

代表者代表取締役

谷山豊隆

第三事件原告

株式会社政所彫刻所

代表者代表取締役

政所慎一

原告ら訴訟代理人弁護士

関戸一考

乕田喜代隆

梅田章二

木下和茂

竹下育男

第二事件原告訴訟代理人、第一事件原告及び第三事件原告訴訟復代理人弁護士

藤木邦顕

第二事件原告訴訟代理人、第一事件原告訴訟復代理人弁護士

石那田隆之

篠原俊一

被告

代表者法務大臣

下稲葉耕吉

指定代理人

山崎敬二

外四名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

1  被告は、第一事件原告に対し、三三〇万円及びこれに対する平成七年一〇月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、第二事件原告に対し、三八五万円及びこれに対する平成七年一一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、第三事件原告に対し、四五〇万円及びこれに対する平成八年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、株式会社Nファイナンス(以下、「Nファイナンス」という。)に手形詐欺されたという原告らが、被告のNファイナンスに対する適切な規制権限の行使等がされていれば被害に遭わなかったとして、被告に対し、国家賠償法に基づき損害賠償請求をしている事案である。なお、Nファイナンスは、資金の貸付及び手形の割引に関する業務等を目的として昭和四七年三月に設立された資本金二億円の株式会社である(甲二八の二中の商業登記簿謄本)。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 第一事件原告は、大阪府高槻市において、飲食業を営む者である。

第二事件原告は、大阪府柏原市において、土木工事業等を営む者である。

第三事件原告は、大阪市平野区において、プラスチック金型製造及びプラスチック製品販売業を営む者である。

(二) 被告は、構成機関として大蔵省を有する者である。大蔵省は、銀行局においては、貸金業を営む者を登録し、これを監督する事務を司り(大蔵省組織令一〇条一一号)、検査部においては、貸金業者に対する立入検査に関する事務を司る(大蔵省組織令四条二項、三項二号の二)。財務局長は、貸金業の規制等に関する法律(以下、「貸金業規制法」という。)四五条及び貸金業規制法施行令四条に基づいて、銀行等に関する大蔵大臣の権限の一部の委任を受けている。近畿財務局は、大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、和歌山県及び滋賀県を管轄するものである。近畿財務局は、Nファイナンスから貸金業規制法四条一項に基づく登録の申請を受け、同法五条一項により貸金業者登録簿に登録をしたものであり、Nファイナンスに対する監督官庁である。

2  平成七年三月末ころ、Nファイナンスの顧客の一人が、近畿財務局に対し、「Nファイナンスは、顧客への手形による貸付に際し、貸付満期時に改めて延長すると確約して数枚の数か月先日付の手形を同時に預かり、その預かった手形を貸付実行前に割引に供している」旨の苦情申立てをした。

3  上記苦情を受けた近畿財務局は、同年四月七日から同月二六日にかけて、Nファイナンスに対し、事情聴取を行った。

その結果、近畿財務局は、同月二六日の時点で、Nファイナンスが顧客から融資額以上の先日付手形を預かり、それを担保として借り入れを行ったり割引に回したりしていたこと、手形を預かる際、顧客に対し、預かり手形で資金調達をするとの説明は一切していないこと、このようにして預かった手形は、平成七年三月末現在、顧客数にして二〇四二件、枚数にして一万三二二〇枚、総額二四二億円以上にのぼり、そのうち約二〇〇枚を除いて全て割引に持ち出していること及びNファイナンスは決算を粉飾していることを認識した。

4  その後、近畿財務局は、同年五月九日、同月一六日及び同年六月五日に事情聴取を行った。

5  近畿財務局は、同年六月初め、大阪地方検察庁に対し、Nファイナンスが預かり手形を無断換金等している疑いがあることを通報した。

6  Nファイナンスが近畿財務局に提出した資料によれば、平成七年三月末、五月末及び六月末の預かり手形残高及び預かり手形持ち出し残高は、次のとおりである。

(一) 預かり手形残高

件数   枚数    額面

三月末 二〇四二件 一三二二〇枚 約二四二億二〇三四万円

五月末 一九三七件 一三八四四枚 約二六四億六九一四万円

六月末 一九七三件 一四一六九枚 約二六四億八〇八五万円

(二) 預かり手形持ち出し残高

件数   枚数    額面

三月末 一〇六〇二件 一三〇三七枚 約二三三億七九三一万円

五月末 一〇九二七件 一三六五七枚 約二四九億八五七三万円

六月末 一一〇六一件 一三七二九枚 約二五三億六一六七万円

二  原告らの主張

1  Nファイナンスによる手形の詐取と無断換金

(一)(1) 第一事件原告は、平成七年六月九日ころ、Nファイナンスから三〇〇万円を借り入れるに当たって、Nファイナンスの従業員から、「これが当社のシステムです。お預かりした手形は本社金庫に保管しておいて、支払期日まで取立に回すことはありません。」等と説明され、これを信じて、別紙手形一覧表(一)記載の手形六通(手形金合計一五〇〇万円)を交付した。

(2) 第二事件原告は、平成七年六月一五日、Nファイナンスから二五〇万円を借り入れるに当たって、Nファイナンスの従業員から、(1)と同様の説明をされ、これを信じて、別紙手形一覧表(二)記載の手形五通(手形金合計七五〇万円)を交付した。

(3) 第三事件原告は、平成七年五月一九日と同年六月二〇日に、それぞれ一五〇万円をNファイナンスから借り入れるに当たって、Nファイナンスの従業員から、(1)と同様の説明をされ、これを信じて、別紙手形一覧表(三)記載の手形八通(合計一三五〇万円)を交付した。

(二) その後、Nファイナンスは、支払期日まで取立に回さない旨の説明内容に反して、原告らから預かった手形を、無断で、別紙手形回り先一覧表(一)ないし(三)のとおり、金融機関に割引譲渡して対価を得た。

(三) 上記の手形預かり及びその手形の無断換金は、次のとおり、Nファイナンスがその業務行為として組織的に行っていた詐欺又は横領である。

(1) ファイナンスは、平成三年一〇月ころから、「予約手形」と称する手形の先預かりを行い、その後、「JTローン」、「STローン」の名称で、顧客から貸付金に見合う額面の手形の他に多額の手形の振出を受け、これを金融機関で割引し又は担保に入れて金員を借入れ、運転資金に充てていた。

(2) Nファイナンスは、資金繰りの悪化が恒常化する中で、平成四年三月ころから、次のとおり、全社を挙げて予約手形獲得を推進するため営業通達を頻繁に発していた。

ア 平成四年三月一三日、「手形先預かり促進の件」と題する営業通達を発し、その中で、「全国的な資金詰まりを打開するために顧客より手形を先に預かり送金する方法を提案」して「当面の目標は七〇パーセント」とし、「自分を守るためにも手形先預かりを促進しなければなりません」と、社員に積極的な営業を促した。

イ 同年四月一日の営業通達では、「営業計画を達成するためには、手形の先預かりの促進と新規客開拓及び休眠客の掘り起こしによる有残顧客数の増加しか方法はありません。」と記載していた。

ウ 同月一三日の営業通達では、手形先預かり推進基準として「1。単名は、すべて先預かりとする。」と記載していた。

エ 同年五月一日の営業通達では、「手形先預かりトーク」として、「お手形を先に預かって社長さんの必要な日にお振り込みするという方法をとっておりまして、社長さんに、まず予約して頂くというシステムに変えたんです。社長さんも前もって予約して頂くと、その日になってあわてなくてすみますし、私共も予定取りができて助かりますのでご協力お願いできませんか。」等の具体的なセールストークの例を挙げていた。

オ 同年一〇月一八日の営業通達では、各営業店における営業トーク事例を集め、「全営業店が活用できるよう、情報の共有化を行う」と記載していた。

カ 同年一二月一〇日の営業通達では、「手形サイトの問題及び追加融資を実施していく上でJTローンは必要不可欠と思われるので今後も実施」していくと記載されていた。

キ 平成五年ころから、資金繰りの必要上、予約手形の獲得数の増量を促す営業通達が頻繁に出された。

(3) Nファイナンスは、各支店を、手形先預かりの額で競わせていた。

(4) Nファイナンスは、先預かり手形を本社の財務本部に集め、関連会社を迂回して、又は、いわゆるツケウラ等で商業手形であるかのように装い、手形割引をして資金化していた。

2  近畿財務局長の規制権限等

(一) 業務停止命令(貸金業規制法三六条一項)

(1) 貸金業者の犯罪(同法三六条一項四号)

ア 同法三六条一項は、「貸金業者が次の各号の一に該当する場所においては、当該貸金業者に対し、一年以内の期間を定めて、その業務の全部又は一部の停止を命ずることができる」と規定し、同項四号は、「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律の規定に違反し、又は貸付けの契約の締結若しくは当該契約に基づく債権の取立てに当たり、物価統制令第十二条の規定に違反し、若しくは刑法若しくは暴力行為等処罰に関する法律の罪を犯したとき。」と定めている。

イ 同条の業務停止命令の対象となる「貸金業者」には、自然人のみならず法人も含まれる。

法人の役員及び従業員が当該法人の業務に関して行った行為が同条四号に該当する場合、当該法人は業務停止命令の対象となる。

ウ Nファイナンスの役員及び従業員が、顧客を欺罔して借入金を遥かに超える額面の手形を交付させ、これを無断換金した行為は、刑法上の詐欺罪及び横領罪に該当する。そして、これは、Nファイナンスの貸付業務として、組織的に、かつ反復継続して行われていたものである。

エ 近畿財務局は、平成七年四月七日から同年五月一五日の間に、Nファイナンスの代表者泉や取締役田中等からの詳細な事情聴取及び決算書類等の証拠収集を完了し、Nファイナンスの手形預かり行為及び無断換金行為が組織的に、かつ反復継続して行われていたことを認識していた。

オ したがって、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、同法三六条一項四号により、業務の停止を命ずる権限があった。

(2) 書面交付義務違反(同法三六条一項一号、一七条)

ア 同法一七条は、契約内容を明らかにするため、貸金業者に対し、契約書面の交付を義務づけている。

イ Nファイナンスは、顧客から借入金を大幅に超える手形の交付を受けるのであるから、契約の内容を明らかにした書面に、高額な手形を振出させる説明や交付した手形を流用しない旨の文言を記載すべき義務があるにもかかわらず、これを怠った。

ウ したがって、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、同法三六条一項一号、一七条により、業務の停止を命ずる権限があった。

(二) 登録取消権限(同法三七条一項四号)

前記(一)(1)のとおり、Nファイナンスは、同法三六条一項四号に該当し、その情状が特に重いことは明らかであるから、同法三七条一項四号の登録取消事由に該当する。

したがって、近畿財務局長は、Nファイナンスの登録を取り消す権限があった。

(三) 行政指導としての義務改善命令

近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、行政指導として業務改善命令を出す権限があった。

(四) Nファイナンスの取引先金融機関に対する行政指導

(1) Nファイナンスが顧客からの預かり手形を無断で割引譲渡する行為は、刑法又は銀行法等の法令違反行為である。

近畿財務局は、Nファイナンスがこのような違法行為をしている事実を把握していたのであるから、顧客の利益を図るため、行政指導の方法により、割引先金融機関に対し、違法行為に加担しないよう警告を発し注意を促すべきであった。

(2) 近畿財務局長は、銀行法に基づき、銀行に対し、調査権(同法二四条一項)及び立入検査権(同法二五条一項)を有するのであるから、Nファイナンスの取引銀行に対し、Nファイナンスへの融資について、不良貸付ではないかどうかを調査するよう指導するべきであった。

3  被告の責任

近畿財務局長は、遅くとも平成七年五月九日には、Nファイナンスが組織ぐるみで手形の先預かりと無断換金という詐欺及び横領行為を行っていることを認識していたのであるから、被害の拡大を防ぐため、前記2記載の規制権限の行使又は行政指導をすべきであったにもかかわらず、これを怠った。

したがって、被告は、近畿財務局長の違法な権限不行使又は行政指導をしなかったことにつき、国家賠償責任を負う。

4  損害

(一) 近畿財務局長が遅くとも平成七年五月九日ころに前記2の規制権限の行使又は行政指導をしていれば、原告らは、Nファイナンスによる手形詐取の被害には遭わなかった。

(二) 近畿財務局長の違法な権限不行使等により原告らが被った損害は、次のとおりである。

(1) 第一事件原告(三三〇万円)

ア Nファイナンスにより詐取された手形のうち第一事件原告が手形金の請求を受けた別紙手形一覧表(一)記載の一ないし三の手形金合計六〇〇万円とNファイナンスからの借入金三〇〇万円との差額 三〇〇万円

イ 弁護士費用 三〇万円

合計三三〇万円

(2) 第二事件原告(三八五万円)

ア Nファイナンスにより詐取された手形のうち第二事件原告が手形金の請求を受けた別紙手形一覧表(二)記載の一ないし三の手形金合計六〇〇万円とNファイナンスからの借入金二五〇万円との差額 三五〇万円

イ 弁護士費用 三五万円

合計三八五万円

(3) 第三事件原告(一三八〇万円の内金四五〇万円)

ア Nファイナンスにより詐取された手形(第三事件原告はすべての手形につき手形金請求を受けた。)の手形金合計額(第三事件原告は、Nファイナンスからの借入金を返済している)

一三五〇万円

イ 弁護士費用 三〇万円

合計一三八〇万円

第三事件原告は、このうち、四五〇万円を請求する。

三  被告の主張

1  近畿財務局長の権限不行使等が違法といえるためには、まず、前提として、具体的事情下において、行政機関が当該規制権限等を適法に行使することが可能であることを要する。

ところが、次のとおり、近畿財務局長は、原告らの主張する規制権限等を適法に行使することはできなかったのであるから、権限不行使等は違法とはいえない。

(一) 業務停止命令(貸金業規制法三六条一項)について

(1) 貸金業者の犯罪(同法三六条一項四号)について

法人の役員又は従業員が当該法人の業務を行うに当たり詐欺罪等の刑法の罪に該当する行為を行ったとしても、そのことから直ちに当該法人が詐欺罪等の刑法の罪を犯したとはいえない。

同法は、自然人である貸金業者に対する規制等がそのままでは法人である貸金業者に当てはまらない場合には、別途、法人の役員等に対する規制等を設けているが(同法六条一項七号等)、法人の役員又は従業員が法人の業務を行うにあたり刑法の罪に当たる行為をした場合に当該法人に対して業務停止命令の権限を行使できるとの規定はない。

したがって、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、同法三六条一項四号に基づき業務の停止を命ずる権限を行使することはできなかった。

(2) 書面交付義務違反(同法三六条一項一号、一七条)について

同法一七条一項の「契約の内容を明らかにする書面」に記載すべき事項は同条項に列挙されているところ、原告らの主張する「高額な手形を振出させる説明」及び「交付した手形の流用を絶対にしない文言」は同条項の列挙事項に当たらないから、Nファイナンスが原告らに対し上記の説明又は文言を記載した書面を交付すべき義務はない。

したがって、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、同法三六条一項一号に基づき業務の停止を命ずる権限を行使することはできなかった。

(二) 登録取消権限(同法三七条一項四号)

(一)のとおり、Nファイナンスは、三六条一項一号に該当しないから、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、同法三七条一項四号に基づき登録を取り消す権限を行使することはできなかった。

(三) 行政指導としての業務改善命令

行政機関が規制権限を行使するためには、当該規制権限を授権する明確な根拠法規が存在することが必要であり、その根拠法規が存在しないにもかかわらず、行政指導の名の下に規制権限を行使できるとする原告らの主張は、法律による行政の原理を軽視した独自の解釈である。

(四) Nファイナンスの取引先金融機関に対する行政指導

(1) 行政機関が、特定の会社に関して、金融機関に対し警告等を発することは、当該会社の社会的信用に疑念を抱かせる等の重大な影響を及ぼす行為であることは明白であるから、警告を発するためには明確な根拠法規が必要であるところ、近畿財務局長に対してこのような警告権限を授権する根拠法規は存在しない。

また、本件では、司法当局の判断が下されていない状況下であったから、Nファイナンスの取引先金融機関に対し、Nファイナンスについては不確定な情報を提供して警告を発することは、Nファイナンスの社会的信用を失わせるなどしてその権利を侵害するおそれの強い行為である上、公務員の守秘義務に抵触するおそれもあった。

したがって、近畿財務局長が行政指導という名で警告行為を行うことはできなかった。

(2) 原告らの主張する、不良貸付ではないかどうか調査するよう指導する義務については、それが、Nファイナンスの取引先金融機関に対し、Nファイナンスが顧客から預かった手形を流用している事実を情報として提供した上で、健全な貸付を要請することを意味するのであれば、上記(1)と同じ理由で、近畿財務局長は、そのような行政指導を行うことはできなかった。

また、銀行法に基づく調査権等の発動は、銀行業務の健全かつ適切な運営を確保することを目的とし、当該業務において不当又は不法の行為があったことが窺われるような場合に、当該銀行の業務及び財産状況を把握するために行われるものであるところ、近畿財務局長は、当時、Nファイナンスが預かり手形の無断換金等を行っている疑いがあるという程度の認識しか持ち得なかった上、銀行が無断換金に関係しているとの情報も何ら入手していなかったのであるから、調査権等を発動することはできなかった。

2  以上により、被告が国家賠償責任を負う余地はない。

四  主な争点

1  近畿財務局長は、Nファイナンスに対する貸金業規制法上の規制権限を有していたか。有していた場合、その権限を行使しなかったことは違法か。

2  近畿財務局長が、行政指導として、Nファイナンスに対する業務改善命令を出さなかったことは違法か。

3  近畿財務局長が、行政指導として、Nファイナンスの取引先金融機関に対し、Nファイナンスへの融資に関し、警告を発したり調査するよう指導しなかったことは違法か。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  本件で、近畿財務局長の権限不行使が国家賠償法上違法であるというためには、その前提として、近畿財務局長が原告らの主張する規制権限を有していることが必要であるので、この点につき判断する。

2  業務停止命令権限(貸金業規制法三六条一項)について

(一) 同法三六条一項四号について

(1) 貸金業規制法三六条一項は、「大蔵大臣又は都道府県知事は、その登録を受けた貸金業者が次の各号の一に該当する場合においては、当該貸金業者に対し、一年以内の期間を定めて、その業務の全部又は一部の停止を命ずることができる。」と規定し(なお、争いのない事実1(一)記載のとおり、近畿財務局長が大蔵大臣の権限の委任を受けてこれを行使する。)、同条項四号は、「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律の規定に違反し、又は貸付けの契約の締結若しくは当該契約に基づく債権の取立てに当たり、物価統制令第十二条の規定に違反し、若しくは刑法若しくは暴力行為等処罰に関する法律の罪を犯したとき。」と規定する。

(2) 原告らは、貸金業者であるNファイナンスは、その業務として、組織的に、かつ反復継続して、刑法上の詐欺罪及び横領罪に該当する行為を行っていたのであるから、同条項四号の「刑法の罪を犯したとき」に該当し、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、業務の停止を命ずる権限があったと主張する。

しかし、刑法には法人を処罰する規定はなく、法人の処罰を必要とする種々の行政取締法規においては特別に法人を処罰する規定が置かれていること、貸金業規制法は、法人を処罰する規定を置き(五一条)、登録拒否事由や登録取消事由について、法人の役員や使用者が主体となる場合は特別の規定を置いていること(六条一項七号、三七条一項一号)、いかなる場合に法人自体が犯罪を犯したといえるかについて明確は基準はなく、法人の役員や従業員の犯罪との区別があいまいになること及び「罪を犯した」という場合に、処罰を前提としない行為を含めているとは解し難いことからすれば、同法三六条一項四号の対象となる「貸金業者」には、法人は含まれないと解するほかない。

(3)  したがって、法人であるNファイナンスは、同法三六条一項四号の対象となる「貸金業者」には該当せず、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、同法三六条一項四号に基づき業務の停止を命ずる権限はなかったというべきである。

(二) 同法三六条一項一号、一七条一項について

原告らは、Nファイナンスは、同法一七条一項により、契約の相手方に対し、貸付額を超える高額な手形を振出させる説明や交付された手形を流用しない旨の文言を記載した書面を交付すべき義務を負っていたにもかかわらず、これに違反したのであるから、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、同法三六条一項一号に基づき業務の停止を命ずる権限があったと主張する。

しかし、同法一七条は、相手方に交付すべき書面に記載する事項を同条一項各号に掲げており、手形を振出させる説明や手形を流用しない旨の文言は、同条一項各号のいずれにも該当しないことは明らかであるから、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、同法三六条一項一号に基づき業務の停止を命ずる権限はなかったというべきである。

3  登録取消権限(同法三七条一項四号)

同法三七条一項四号は、「前条第一項各号の一に該当し情状が特に重いとき」は、大蔵大臣等は、貸金業者の登録を取り消さなければならない旨を規定する。

原告らは、Nファイナンスは、同法三六条一項四号に該当し、その情状が特に重いから、近畿財務局長は、Nファイナンスの登録を取り消す権限があったと主張する。

しかし、前記のとおり、Nファイナンスは、同法三六条一項四号には該当しないから、近畿財務局長は、同法三七条一項四号に基づきNファイナンスの登録を取り消す権限はなかったというべきである。

4 以上より、近畿財務局長は、原告らが主張する貸金業規制法上の規制権限のいずれも有していなかったのであるから、これらの権限の不行使が国家賠償法上違法となる余地はないというべきである。

二  争点2について

1(一)  原告らは、近畿財務局長が、行政指導としてNファイナンスに対して業務改善命令を出す権限があった旨主張するが、そもそも行政指導は、あくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものをその内容とし、行政庁は、行政指導の相手方を、行政指導に従わなかったことを理由として不利益な取扱いをしてはならないのであるから(行政手続法三二条参照)、原告らの主張する業務改善命令とは、そのような意味での、強制力のない事実上の協力要請としての業務の改善指導を指しているものと解される。

(二)  ところで、行政指導は、行政庁が、その所掌事務の範囲内の事項について、行政需要の変動に応じて臨機応変に対応措置をとるために行うものであるが、わずかの例外を除いて、法律の根拠を欠くものであり、いかなる場合にいかなる内容の行政指導を行うかは、当該行政庁が、一定の行政目的達成の必要性と関連する諸利益を総合的に勘案して判断すべきものである。

このように、行政指導は、その内容自体が行政庁の裁量的判断に委ねられ、かつ、相手方に対する強制力のないものである以上、行政庁が、個別の国民に対する関係で、一定の内容の行政指導をすべき法的義務を負うことは、通常は考え難い。

しかしながら、行政庁が法律に根拠のない行為をしないことがいかなる場合も違法とはならないとまでいうことはできず、具体的事情のもとで、一定の内容の行政指導をしなかったことが、その行政指導により達成すべき行政目的の重大性、その行政指導の行政目的に対する実効性及び当該行政庁の果たす役割等に照らし、著しく不合理であるといえるような場合には、その不作為は、国家賠償法上違法と評価される余地があり得る。

2  そこで、本件につき検討すると、争いのない事実及び証拠(甲一、甲二の一ないし五、甲三の一・二、甲四の一ないし一〇、甲五の一・二、甲六の一ないし三、甲七の一・二、甲八の一ないし六、甲九の一・二、甲一〇、一一、一二の一・二、甲一三の一ないし四、甲一四、一五、甲一六の一ないし六、甲一七の一ないし三、甲一八の一ないし三、甲一九、二〇、甲二一の一ないし三、甲二二ないし二五、四三、証人田中稔昭)によれば、次の事実が認められる。

(一) Nファイナンスは、昭和四七年三月四日、泉秀男により設立された株式会社であり、大阪本社、東京支社のほか、青森、仙台、松本、奈良、徳島等二〇か所の支店を有していた。

Nファイナンスは、平成七年八月二日、自己破産の申立てをし、同月一六日、破産宣告がされた。

(二)(1) Nファイナンスの営業内容は、主に、商業手形割引、手形貸付及び証書貸付であったが、他の金融業者と異なる独自の方法として予約手形というシステムをとっていた。

予約手形とは、Nファイナンスが、顧客に対する融資の実行前に、顧客から予約の名の下に、融資実行額にほぼ対応する額面の手形を何通も先預かりするもので、Nファイナンスは、その手形を、融資実行前に再割引に回すなどして資金化し、第一回目の融資実行日に、手形額面額から利息相当額を差し引いた額を貸付金として顧客の口座に振り込み、その後、先預かりした手形の期日が到来する度に顧客の用意する利息相当額を控除した額を顧客の口座に振り込み、手形を決済していた。

(2) 上記の予約手形の前身は、東北地方の営業所で商慣習として行われていた手形の先預かりの制度であるが、これは、予約手形とは異なり、顧客への融資実行前に手形を換金して資金調達することはなく、ジャンプ用の手形を支払期日の都度取得するという手間とコストを省くことを目的に行われていた制度であった。

Nファイナンスは、平成三年一〇月ころ、資金繰りの悪化に伴い、予約手形のシステムを開始するようになった。

(3) Nファイナンスの経理処理では、顧客から受取った予約手形は、前受金という勘定科目に計上され、平成三年一〇月以降の前受金の推移は、平成三年度末に約五億一四〇〇万円、平成四年度末に約八四億二五〇〇万円、平成五年度末に約一四三億二七〇〇万円、平成六年度末に約二三七億九一〇〇万円、平成七年八月一六日(破産宣告日)に二五六億七三〇〇万円であった。

(三) 平成七年三月三一日、Nファイナンスの顧客の一人が、近畿財務局に対し、「Nファイナンスは、顧客への手形による貸付に際し、貸付満期時に改めて延長すると確約して数枚の数か月先日付の手形を同時に預かり、その預かった手形を貸付実行前に割引に供している」旨の苦情申立てをし、手形預り証、約定書及び手形の写し等を提出した。

上記苦情を受けた近畿財務局はNファイナンスに連絡をし、同年四月七日、Nファイナンスの取締役である秋田及び田中が事情説明のために近畿財務局に赴いた。

(四) 田中は、平成二年七月、近畿財務局を退職してNファイナンスの取締役に就任した者である。田中は、平成五年一〇月ころ、予約手形等Nファイナンスの業務の在り方に疑問を持ち、代表取締役である泉に改善を申入れたが、一向に改善されないため、平成六年八月八日付けで取締役を辞任したが、平成七年六月三〇日までNファイナンスに勤務した。

(五) 近畿財務局は、平成七年四月七日の一回目の事情聴取において、秋田らに対し、苦情申立人との取引の経過、手形を受け取った日及び貸付け予定日について説明を求めた。近畿財務局は、先日付の手形を預かることは基本的に許されていない旨指摘し、さらに、先日付の手形を預かっている取引先はどれくらいあるか、また、苦情申立人から預かった手形の保管状況等を調査の上報告し、苦情申立人とのトラブルの経緯を書面で提出するよう求めた。

秋田らは、近畿財務局からの質問に対し、先日付の手形を預かったことは認めたが、それを金融機関に持ち込んでいることは否定した。

また、この日に、Nファイナンスから近畿財務局に対し資料は提出されなかった。

(六) 同月一七日、二回目の事情聴取が行われた。秋田らは、苦情申立人の手形を割引に持ち出したことを認めたが、苦情申立人の手形のほかは貸付け前に割引に持ち出しておらず、苦情申立人の場合は顧客の利便を図る目的で預かった旨の説明をした。

近畿財務局は、秋田らに対し、苦情申立人に返還された手形に裏書がされている理由、手形を預かってから割引に持ち出すまでの仕事の流れ、手形を持ち出した日及び相手方が分かる書類、苦情申立人に渡した利益相当分の金員の内容処理の方法及び手形を預かる目的を明らかにするよう求めた。そして、同年四月一三日の手形割引の書類及び割引に持ち出した手形が貸付済であることを示す書類の提出を求めた。

(七) 秋田らは、二回目の事情聴取の結果を持ち帰り、Nファイナンス社内において、どのように対応すべきかが協議された。その結果、要求された書類を近畿財務局に提出すると、先日付の手形を銀行に持ち込んでいることが分かるので、それを近畿財務局に知られないようにするため、別の資料を提出することとなった。

(八) Nファイナンスは、同月一八日、近畿財務局に資料を提出したが、要求した資料ではないとして拒絶された。

そこで、Nファイナンス社内で、対応について協議がされた。

(九) 同月一九日、泉は、田中に対し、自ら近畿財務局に事実を説明に行くことを決意した旨を告げ、近畿財務局に行って担当者の都合を聞いてきて欲しい旨依頼した。

田中は、同日、近畿財務局に赴き、Nファイナンスにおいて、顧客から預かった先日付手形を貸付前に割引に回す取り扱いが一般的に行われている事実を認める旨告げた。また、田中は、Nファイナンスの倒産によって顧客や取引先金融機関等が多大な損害を被ることを避けたいという思いから、「全貌を明らかにするので、行政から司法への通報は、勘弁して欲しい。社長が全てお話する。」と申し出た。

これに対し、近畿財務局は、田中に対し、実態が判明しない段階において「司法への通報はしない」とは言えないことを告げ、同月二六日までに、このような取り扱いが行われている相手先、手形枚数、金額及び決算概数等を報告するよう求め、同月二六日に泉と面談することを決めた。

さらに、近畿財務局は、田中に対し、泉との面談の際には、これまで事実と異なる説明をしてきた理由を追及し、今後はこのような取り扱いをやめ、取り戻せる手形を取り戻すよう求めると伝えた。

(一〇)(1) 同月二六日、泉と田中が近畿財務局に赴き、三回目の事情聴取が行われた。

近畿財務局は、泉らに対し、先日付手形はどういうスキームでしているのか、新規の資金調達のために金融機関等にアプローチしなかったか、手形を預かる以外に資金調達の手段はなかったのか、弁護士等に相談しなかったか、預かった手形は金融機関等に割引に出したのか担保として差し入れたのか、借入金は長期借入になっているのか短期借入になっているのか、平均6.5枚、一二〇〇万円を預かっているとのことだが大口はあるか、預かった場合の会計処理はどうなっているか、貸付金の残高と実際の貸付残との差額は何になるのか、未収金が多額なのはなぜか、土地建物は担保になっているか、平成三年以降の決算を粉飾しているか、預かり手形解消の計画はあるか、今後二年間も預かり手形を続けるのか、すぐにやめられないのか、金融取引のその他の内訳はどうなっているか、個人等からの借入はどのくらいか、大阪信用組合との取引経緯はどうなっているか、平成三年一〇月から営業マンに手形預かりを指示したのか、顧客に対してはどのような話法で営業させているか、顧客には預かり手形で資金調達することを言っているのか、社内で預かり手形で資金調達していることを知っているのはどのレベルか、現時点でこのような方法以外に資金調達することはできないのか、実質累積赤字はどのくらいか、再建計画は実効性があるものなのか、なぜもっと早く改善に手をつけなかったのか、この取り扱いは違法とは思わなかったのか、他にトラブルはなかったのか等の質問をした。

上記の質問のうち、泉らが答えたものと答えなかったものがあるが、泉らは、預かり手形の残高を記載した資料及び粉飾された状態の決算書等を提出していた。

(2) 近畿財務局は、同月二六日の時点で、Nファイナンスが顧客から融資額以上の先日付手形を預かり、それを担保として借り入れを行ったり割引に回したりしていたこと、手形を預かる際、顧客に対し、預かり手形で資金調達するとの説明は一切していないこと、このようにして預かった手形は、平成七年三月末現在、顧客数にして二〇四二件、枚数にして一万三二二〇枚、総額二四二億円以上にのぼり、そのうち約二〇〇枚を除いて全て割引に持ち出していること及びNファイナンスは粉飾決算をしており、約八〇億円の欠損があることを認識した。

(3) 近畿財務局は、泉らに対し、預かり手形の解消計画(実現可能なもの)、平成三年度から平成六年度までの預かり手形の状況、平成三年度から平成六年度までの公表決算と実際の数字の対比、平成三年度から平成六年度のリストラの実績と今後更にどのような計画をもっているか、平成七年三月末の役職員数、及び顧問弁護士・会計士等の氏名・電話番号等を示す資料の提出を求めた。

(一一) 同年五月九日、泉と田中は、近畿財務局に赴き、四回目の事情聴取が行われた。

泉は、前回の事情聴取の際に近畿財務局から提出を求められた、預かり手形の解消計画について、資産等のリストを提出すると共に、これから資産等の売却に着手する旨の説明をした。また、預かり手形年度別推移表等の資料を提出し、その説明をした。

近畿財務局は、これを踏まえ、さらに、泉らに対し、金融機関に持ち出した預かり手形のうち、泉が知人から借りたとする融通手形の金額を金融機関毎に明示すること、預かり手形の年度別推移表に顧客数の総数を明示すること、預かり手形の年度別推移表のうち取立依頼分等空欄となっているところに金額等を記入することを求め、また、提出された平成三年度から平成六年度までの実際の決算の数字の疑問点を指摘して、再度、正確な数字を提出するよう求めた。

そして、Nファイナンスによる上記事項に関する説明が、同月一六日に行われることになった。

また、近畿財務局は、泉らに対し、平成六年中に先日付手形が約一〇〇億円増加している理由を尋ねた。これに対し、泉らは、預かり手形の一部が経営経費にあてられている旨の説明をした。

(一二) 同月一五日、近畿財務局は、Nファイナンスに対し、社員からの預り金に関する資料の提出を求めた。そして、同月一六日の事情聴取の際には、決算等の計数の分かる人に来てもらいたい旨の要望を伝えた。

(一三) 同月一六日、五回目の事情聴取が行われた。

(一四) 同月六月五日、泉、秋田、田中等が近畿財務局に赴き、六回目の事情聴取が行われた。

近畿財務局は、泉らに対し、大蔵省が、Nファイナンスは顧客から預かった手形を担保や割引に供していること、赤字であるのに黒字として公表して金融機関から資金調達していること、融通手形で資金調達していること及び社員等からの預かり手形は出資法違反の疑いがあること(ただし、法務省との共管事項であり、法務省の判断を仰がなければならないこと)を認識していると伝えた。

そして、近畿財務局は、これらは、顧客及び資金調達先を欺く行為であり、重大な犯罪行為である疑いがあるので、これを見過ごすことはできないことを告げ、顧客や資金調達先に迷惑がかからないように早急に是正するよう注意した。

(一五) 近畿財務局は、同年六月初め、大阪地方検察庁に対し、Nファイナンスが預かり手形を無断換金等している疑いがあることを通報した。

(一六) 近畿財務局がNファイナンスから提出を受けた資料には、平成七年三月末、五月末及び六月末の預かり手形残高及び預かり手形持ち出し残高が、次のとおり記載されていた。

(1) 預かり手形残高

件数  枚数    額面

三月末 二〇四二件 一三二二〇枚 約二四二億二〇三四万円

五月末 一九三七件 一三八四四枚 約二六四億六九一四万円

六月末 一九七三件 一四一六九枚 約二六四億八〇八五万円

(2) 預かり手形持ち出し残高

件数  枚数    額面

三月末 一〇六〇二件 一三〇三七枚 約二三三億七九三一万円

五月末 一〇九二七件 一三六五七枚 約二四九億八五七三万円

六月末 一一〇六一件 一三七二九枚 約二五三億六一六七万円

3  以上の認定事実をもとに判断する。

(一) 原告らの主張の趣旨は、近畿財務局長が、Nファイナンスの手形先預かりの実態を認識した平成七年四月末から同年五月初めの時点で、直ちに、Nファイナンスに対し、業務の改善指導をしていれば、原告らは、同年五月一九日から六月二〇日にかけてのNファイナンスによる手形詐欺の被害に遭わなかったというものと解される。しかし、その業務の改善指導の内容は主張されていないから、近畿財務局長がいかなる内容の行政指導をすべき義務を負っていたと主張するのか明らかではない。

この点、前記認定事実によれば、近畿財務局は、同年三月末にNファイナンスの顧客の一人から苦情の申立てを受け、直ちに事情聴取を開始し、当初は事実を隠蔽しようとしたNファイナンスを厳しく追及してその概要を明らかにさせ、預かり手形を中止するよう指示し、預かり手形の解消計画の提出を求めるとともに、更に正確な実態を把握するため、決算書類や経営合理化計画の提出を求める等の指導をしていたのであり、Nファイナンスの適正な運営の確保と顧客の利益の保護を図るために必要な指導を行っていたといえる。

(二)  なお、原告らの主張が、近畿財務局長がNファイナンスに対して営業を停止するよう指導することを指すとすれば、前述のとおり、そのような指導に強制力はないのであるから、Nファイナンスが自主的に営業を停止することを期待するほかない。ところが、前記認定事実によれば、近畿財務局による事情聴取は、同年四月初めから同年六月初めまで行われており、その過程において、Nファイナンスは、事実を隠蔽しようとしたり、倒産を避けたいために「司法への通報は勘弁して欲しい」と懇請したり、是正のための計画を提出したりしており、このようなNファイナンスの態度からすれば、近畿財務局による事情聴取継続中の同年四月末から同年五月初めの時点において、Nファイナンスが自主的に営業を停止することは期待できなかったというべきである。

(三)  また、仮に、Nファイナンスが、近畿財務局長の何らかの強力な指導に従って自ら営業を停止したと考えられる場合であったとしても、そのような場合には、Nファイナンスは直ちに倒産に至るものと考えられるところ、前記認定のとおり、当時、Nファイナンスが既に多数の顧客から手形を預かっていた状況の下では、さらなる手形の先預かりを防止することもさることながら、Nファイナンスの倒産によって、既に手形を預けている多数の顧客の被害を現実化させないことも重要な課題であったと考えられることからすれば、近畿財務局長が、決算書類や経営状態の調査が継続している段階において、直ちに営業の停止を求める強力な指導をすべきであったとはいい難い。

(四)  以上のとおり、近畿財務局長はNファイナンスに対して業務の改善指導をしていたのであるから、そもそも不作為はないといえるし、また、営業停止等の指導をしなかったことは、その実効性の点や他の関係する利益を考慮すべき点からみて著しく不合理であるとはいえないのであるから、これを違法ということはできず、結局、近畿財務局長のNファイナンスに対する行政指導に関して、違法な点はないというべきである。

三  争点3について

1  原告らの主張の趣旨は、近畿財務局長が、Nファイナンスの手形先預かりの実態を認識した平成七年四月末から同年五月初めの時点で、直ちに、Nファイナンスの取引先金融機関に対し、Nファイナンスが顧客から預かった手形を無断で割引譲渡している事実を告げ、Nファイナンスからの割引依頼に対しては、そのような事実を踏まえて十分調査をし、不良貸付になるような手形割引には応じないようにという指導をしていれば、原告らは、詐取された手形を金融機関に割引譲渡され、借入金をはるかに超える手形債務を負うという被害に遭わなかったというものと解される。

2  しかし、前記認定のとおり、当時、近畿財務局長は、Nファイナンスに対し、預かり手形の中止等の指導をし、更に正確な実態を把握するための調査を継続していたところであるから、近畿財務局長としては、問題のある行為をしているNファイナンスに対する指導が先決であり、Nファイナンス以外の者に対する何らかの指導は、二次的なものであったといえる。

3 また、前記認定のとおり、当時、Nファイナンスは、近畿財務局からの指導に応じて、資料の提出や預かり手形解消方法についての説明等をしていたのであり、このような段階で、近畿財務局長が取引先金融機関に対し、Nファイナンスからの割引依頼に応じないようにせよというに等しい行政指導をすることは、Nファイナンスを直ちに倒産に至らしめることになり、Nファイナンスの利益を侵害するほか、既に手形を預けている多数の顧客の被害を現実化することになるのであるから、近畿財務局長がそのような行政指導をすべきであったとはいい難い。

4 以上のとおり、近畿財務局長が、取引金融機関に対し、原告らの主張するような内容の行政指導をしなかったことは、その実効性の点や他の関係する利益を考慮すべき点からみて著しく不合理であるとはいえないから、これを違法ということはできない。

四  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田昭孝 裁判官村上正敏 裁判官冨上智子)

別紙手形一覧表(一)〜(三)〈省略〉

別紙手形回り先一覧表(一)〜(三)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例